わたしだったら、カツ丼が食べたい。

 

この本を読みたいと思った理由は2つある。
まず、カバーがカワイイ。一目惚れ。図書館で借りたので家にあるあいだはずっとカバーが見えるように飾っていた。こういうことをするのはたぶん初めてだと思う。
次にタイトル。これまたカワイイ。『トッポッキ』の響きよ。なぜこうも韓国語はカワイイのかなあ。そして「死にたい」だけでは衝撃的だが「トッポッキは食べたい」でなんだかホッとする。
こういった理由でどんな内容かはあまりよくわからないがとりあえず手元に置いておきたくて読んでみた。

要は、著者の精神科通院記録だった。

うわぁカッッワイイ!という初めの軽いきもちはどこかへ行ってしまって、いまのわたしの状況ではツライ場面もあったが、やめてはいけない。逃げてはいけない。この状況だからこそ読もう。そんな重いきもちで読み進めた。とりあえず最後まで読んだ自分を褒めたい。

藁をもすがる思いなので単なる『記録』では物足りないところだが、後半の『付録散文集』には印象的な文章が多くあったので、途中で脱落しなくてよかった。むしろ、この部分だけでもいいかもしれない。

昨日までは見過ごしていたけれど、自分が発しているかもしれない、もう一つの声に耳を傾けていただければと思います。死にたい時でも、トッポッキは食べたいというのが、私たちの気持ちなのですから。 ー 159ページ

著者の担当医のこの言葉が特にしっくりときた。

わたしも著者と同じように、自己肯定感?クソだろ、とどこかで思っているところがある。でもこれからは平面的にではなく多角的に自分のことを見つめたうえで認めて素直でいられたら、少なくともクソだとは思わなくなるだろうか。いや、クソだと思うことをやめなくてもいいのかな。

結局わたしもこれを読んだところで、ココロで引っかかっている”なにか”がなくなったとかスッキリしたわけではないが、ヒントのようなものは得られたという満足感はある。

いまのこの状況で読むことができた縁に改めて感謝したい。